こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。半年〜1年ほど前にテレビ神奈川で放送された「提供 ハリウッドザコシショウ」というテレビ番組をご存知でしょうか?R-1グランプリ優勝者のハリウッドザコシショウが、テレビ神奈川の放送枠1時間を自費で買い、制作費も自分で払って放送した異例の番組です。CMも全てザコシが作ったくだらないもので、「自分で金払ってるから、スポンサーの意向を気にせず現代のコンプライアンスの範疇で好きな事なんでもやる」という画期的な番組でした。ザコシ本人としては、この番組を地方局に売って放送してもらうつもりだったようですが、うまくはいっていないようです。ちなみに興味を持った方がいたとしても観る必要はありません。私は3回見ましたが、人生の1時間✕3という貴重な時間を無駄にします。この番組を見るのであれば、ザコシのYoutube「売れる率0%手詰まり芸人編」を観て欲しいと思います。大人として社会で生きていくにはどうあるべきか、というのが実例を踏まえてよくわかりますので。
ザコシに影響されたのか、お笑い界の神である萩本欽一もスポンサー無しギャラ無しのテレビ番組をはじめるようです。欽ちゃんほどの芸能人がスポンサーもギャラも無しで番組をやるという事の真意を考えると、SNSが発達した現代でネガティブな評価はポジティブな評価に比較して遥かに早く深いスピードで連鎖して広まり、広まる事によってさもその評価が正当であるかのような地位を得てしまい、結果としてスポンサーである企業もその評価に沿った方向性を取らざるを得なくなるといった問題があるように思えます。24時間テレビで欽ちゃんのツッコミが「老害」とSNSで評価されたようですが、「老害」を「老」と「害」に分けた時に、欽ちゃんは「老」であることは確実なので、高齢者は50%の「老害」要素を全ての人が持つことになります。「害」かどうかは視聴者の評価に別れるところで、評価の仕方によっては欽ちゃんのツッコミを笑いに昇華できなかった共演者の「若害」と考えることもできるわけです。もしかすると欽ちゃんの芸風を理解できずに「老害」と評価した人の「若害」が原因かもしれません。
そもそも、仮装大賞で盛り上がるパターンは3パターンしかなくて、
①とてもくだらないもの
②驚嘆に値する素晴らしい発想のもの
③小さな子どもが一生懸命に頑張るもの
②と③に関しては、欽ちゃんは最大の称賛や優しいコメントで評価してきました。
①に関しては視聴者も「こんなレベルでテレビに出てくるな」と言いたいレベルなのですが、そこは欽ちゃんが視聴者を代弁して厳しくツッコんでくれます。結果的にSNSが無い時代でも視聴者はスッキリします。
むしろ仮装するのは一般人なので、
一般人(演者)が発信→欽ちゃんが一般人(視聴者)を代弁してリプライ
という欽ちゃんを通じてSNS的なやりとりが行われていたことになります。
そして、欽ちゃんという検閲によってあまりに過激な発信は防止されていました。
それが、SNSが発達して検閲といったものが全く無くなると逆に欽ちゃんを攻撃するツールとなり、それに対して欽ちゃんはYoutubeのような自由に発信できるSNSでは無く、あえてスポンサー無しギャラ無しでテレビで反撃するというところが、非常に見どころのある戦いだなと感じました。そう考えると評価というのはSNSよりもまだテレビでの評価の方が正しいのかもしれない、でも「評価は次の時代(以降)がするもの」ですからね。
今のSNSはボクシングからルールを無くしたようなちょっと危険なもので、テレビもその人気を無視出来ずに放送してしまっているような状況だと思います。欽ちゃんは、その無法地帯にマイク・タイソンがグローブはめてボクシングルールを守りながら一人で全員を倒しにいくような感じの事をしようとしているので、これが「世直し」なのか「老害」なのか何の影響も与えないのかの行く末には非常に興味があります。
こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。みなさん、勉強はしていますか?当然していますよね、アイドルの名前と生年月日を覚えたり、パチスロ必勝法を学んだり、ホリエモンの投資方法を勉強したり、外国人女性とデートするために外国語を勉強したり。ふざけているわけではありません。漢字が読めなければアイドルの名前は分からないし、生年月日から年齢を計算できなければサバ読みを見破ることも、数字とアルファベットがわからなければスロットにハマる事は出来ないし、お金の計算ができなければホリエモンの主張も理解できません。外国人女性とデートしたければ、当然マナーや言語を習得する必要もあるでしょう。そして、これらは全て義務教育で教えてくれる事なのです。
私が初めて勉強の必要性を感じた場所は、ゴミ捨て場でした。私が小学生1年生の時、ゴミ捨て場にジャンプが山積みに捨てられていることがありました。それを見つけると、縛られた紐を解き、当時大人気だった聖闘士星矢を仲間と読むのですが、漢字が読めないためみんなで絵を眺めることしかできませんでした。当時、ファミコンは文字が全てひらがなであり理解可能だったのですが、漫画の漢字が読めない→ストーリーが理解できていない→聖闘士星矢のファミコンゲームで遊ぶ→文字はひらがなで読めるけど、原作のストーリーを理解していないので、ゲームを楽しめない という残念なサイクルに入ってしまい、私の中の小宇宙は不完全燃焼していました。
小学校5年生になり、そこそこ漢字をマスターした私は信長の野望:武将風雲録で遊んでいました。社会はあんまり好きな科目では無かったのですが、漢字を読める→信長の野望を完全に楽しむ→戦国時代に興味を持つ→日本の歴史が好きになる→30年経過→今では世界史に手を出す→世界の人々の暮らしや文化に興味を持つ。と漢字の勉強+ゲームだけで今でも楽しめる趣味を持つことになりました。
幼稚園年中の息子にも、「字が読めるともっとテレビゲームを楽しめるよ」と伝えていますが、豆腐のように柔らかい子どもの脳みそは、目から入ってくる情報だけで充分楽しめているようでイマイチ響きません。そして、今のゲームはよく出来ているなと思います。
ちなみに、受験英語番長の私の英語力でも、外国人女性と1日お出かけを2名ほど問題無くこなせたので、受験英語もそこまで捨てたものじゃないぞと若者に伝えたいです。
〜ここまでが功〜
ついに我が家にも娘の希望で鬼滅の刃全23巻が揃いました。ちなみにその横には文庫版シティハンター全巻が並んでいます。駅の伝言板に「XYZ」VS 鬼を太陽の光で焼き殺す、それぞれの説明を子どもにしたときに、空想上の存在の鬼は理解するのに、実在した伝言板はどんなものか理解されない。実在したものが理解されずに、空想上のものが理解されるこの謎の現象を「多田現象」と名前をつけたいと思います。
〜ここから罪〜
まさかラスボスを太陽光で焼き殺すなんて地味な作戦で倒すなんて思ってもみなかったのですが、最終巻を読んで私の頭に3つの疑問が、、、、
①月の光って反射した太陽の光だけど、大丈夫なの?それが大丈夫なら雨の日の昼間とかも大丈夫じゃない?夜の星の光も核融合エネルギーで太陽の光と同質と考えられているけど、大丈夫なの?
②時代的にはゴールデンカムイの方が明治時代で古い(鬼滅の刃は大正時代)けど、ゴールデンカムイの方は大砲とか銃とか戦艦が出てきたけど、あの兵器を使ったほうが鬼を倒せるのでは?鬼の副長=上弦の1。
③太陽の光って核融合で生まれたエネルギーだから、水爆(核融合)が発明された1952年まで待って、無限城に水爆打ち込めば倒せるのでは?鬼滅の刃は1910年頃の話で、その時点で1000年くらい鬼と戦ってたみたいなので、あと40年で科学の力で鬼を倒せるのだから、大正時代に無理しなくていいのでは?呼吸するよりも物理を勉強した方が鬼を倒せるのでは?物理柱!湯川秀樹(1904年生まれ)
最終話で、煉獄孫は剣道じゃなくて物理をやってて欲しかったと思いました。
「俺は、俺の研究を全うする!」
私もかつて、卒論提出間際にはそう叫んでいました。
でも、幹部である上弦でも鬼はみんなヤバくなると逃げるのに、一方で柱はヤケクソになって死ぬまで戦う時点で鬼殺隊は鬼に勝てない。そして今の漫画で、仕事が大変でメンタル病んで柱を辞めた父親をダメ人間として扱うのはちょっと問題があると思いました。鬼殺隊はアルコール離脱&燃え尽き対策プログラムを完備すべきで、ポリコレをしっかり守って破滅に向かっているディズニーをジャンプはしっかり見習って欲しいです。親父は結局最後まで生き残ってるし、伊黒も助けてるし、同じく燃え尽きに向かっているおっさんとしては、彼はスーパースターだったのは間違いないと思いたいです。炎柱だから燃え尽きちゃったのかも。
結論:知識は娯楽を広めて深めるが、純粋な気持ちで楽しめなくもする。
いつも一言多い、口柱!多田裕一
こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。恥ずかしくて劇場に観に行けなかった大人のみなさんは、先日の金曜ロードショー「君たちはどう生きるか」を録画して最低でも3回は観たことでしょう。感想はどうでしたか?私は公開当時に映画館に観に行った娘にしつこく「どんな映画だったか教えて?」としつこく聞いたのですが、「わからない」という返事が返ってくるばかりで、これが反抗期かと肩を落としていましたが、娘が正しい返答をしていたことが判明し謝罪しました。
現実世界に馴染めない子どもが、なぞの世界に行って若い頃の死んだ母親と冒険すると、そこの社長みたいな叔父さん?がその世界の調和を保つ事業を継承してくれと言われるが、その世界は意味不明過ぎるので断る。断ると世界がぶっ壊れる。ちなみに父親は死んだ母親の妹とすでにデキており、その夏子はつわりが酷いのに、なぜが謎の世界で出産準備する。なお、上記の出来事は全部忘れました。
間違ってるかもしれませんが、まぁこんな話だろうと思います。意味不明すぎます。視聴時間を返してくれと思いました。劇場で観たら確実に寝ています(テレビで観ても途中で止めずにトイレに行きました)。ちなみに映画館で寝たのはプリキュアとデッドコースターの2つだけで、どちらも付き添いや時間調整の為に観た映画です。
千と千尋の神隠しがジブリで最も成功した映画のため、どうしても「若者が精神的に成長する映画」を作りたくなる気持ちも解りますが、若者の成長なら「はじめてのおつかい」という最強コンテンツがあるので、そちらで十分です。千と千尋がなんであんなに人気があるのかはわかりませんが、私は宮崎駿の最高傑作はもののけ姫だと思っています。高校生の時に、公開日に立ち見で観ました。旧エヴァAir/まごころを君に。公開1周間前という日本アニメ映画史上最も熱い時期でもありました。サン、アシタカ、エボシ、ジコ坊の4者の思惑が複雑に入り組み、最後は自然の前には人間は無力であるというメッセージ性の強いストーリー、久石譲のすばらしい音楽。人間は自然の前に無力であるので、自然と調和をとって共生していくしかないというのは、普及し始めていたエコロジーという最先端の概念を映画化したものでした。人類補完計画で人類を1つにしたら問題解決するんじゃ映画のエヴァとはまさしく対比的で、宮崎駿対庵野秀明の師弟対決の様相を呈していました。
君たちはどう生きるかでは、AIで作ったようなピアノポロンポロンの謎の音楽。煉獄杏寿郎の最期をみてしまうと、手抜きとも思えるようなアニメーション。そしてはじめてのおつかいに負ける意味不明なストーリー。特に盛り上がる場面もない。日本インコ・オウム協会からクレームが来そうなインコの扱い。
やはり、ヒット作を作るなんてよほどの強運に恵まれないとできないことですし、ヒットを連作してしまったらその次の仕事も絶対に失敗はできないわけです。そうすると、思い切ったものは作れない。1回ヒットすると次の作品もとりあえず話題にはなるわけで、もののけ姫のデキがすばらしかったから千と千尋の神隠しがヒットしたってのは間違い無いのでは?と思いました。結論としては宮崎駿の最高傑作はもののけ姫という事になりました。
それにしても、インコの扱いが酷い映画だなとおもいました。弱ったインコはちょっと触っただけで死んでしまったりするんだから、あんなに凶暴なはずないのにそして、主人公の父親はジブリの大人史上最もダメな大人だと思う。
こんにちは。さつき台動物病院の院長 名もなき修羅です。週刊少年ジャンプ史上、キャラクター名が無いのに最もインパクトを与えた 名もなき修羅 をご存知でしょうか。北斗の拳を読んでいない方は今すぐ読んでください。全体の2/3位のところで出てきます。どれくらいインパクトがあるかというと、主人公とほぼ同じ強さを持ったキャラクターが新たな大陸に渡り一番はじめに戦う敵で、恐ろしい強さをみせつけてきます。その強さから大陸ではさぞ名が知られた猛者であろうと、主人公はその名を問うのですが
「オレにはまだ名など許されてはおらぬ!」
=この国では、オレなんて弱くて名前なんて無いに等しい下っ端です
という衝撃のこたえが帰ってきます。この敵の存在が大陸で主人公を待ち受ける敵の強さが、これまでと比較にならないものであるということが読者に印象付けられるのでした。
さて、減税が強く叫ばれているようですが、私は解決策は簡単だと思っています。日本が好景気だった時代、アメリカが大きな戦争をしていてそのバックアップとして物資の生産で潤ったという面もありますが、日本人男性は死ぬほど働いていました。若者は金曜日に仕事が終わってから車で長野県まで移動して土日はスキーして帰ってきたりして、命がけで遊んでいたし、何なら月曜と金曜が2倍に増えたりもしていました。その結果、多摩そごう(ココリア多摩センター)のような外壁に大理石を貼ってる&無駄にエスカレーターが多いような今では考えられない建物を建てちゃったりすることができたわけです。みんな大好きららぽーとの建物を見ると日本は衰退したのだな、、、と感じます。アメリカが大規模な戦争をすることはなくなりましたが、国内では日本人の労働力が足りない現状を鑑みると仕事はあるわけで、もっと働くことはできそうですし、消費税減税するよりもっと働いて給料とスキルをゲットして、働いた分で死ぬ気で遊びに行けばよいのでは?と思います。減税は社会保障の低下につながるので、我々をとりまく環境は必ず悪くなります。
移民として労働力を入れるのはどうか?という議論がありますが、反対派の意見に「どうせ移民として来るのは、母国で仕事に就けないような無能が来るから日本にとっては不利益だ」というものがあるようですが、上記のようにかつての日本人男性のようにたくさん働くのが当たり前の国に戻れば、それについて行けるようなタフな移民だけが残ります。そういった移民は日本としては歓迎すべきなのではないかと思います。
理系の科目では、試験でも実験でもとにかく上手くいくパターンが見つかるまで全パターンをひたすら時間をかけて試すことが必要とされます(特に新たな発見はこのひたすらコツコツの結果で生まれる事がほとんど)。「時間」が正解への唯一の道なんですね。日本人が効率は無視してとにかくたくさん働いて、時間を金に変えることに集中したら、次は稼いだ金で外国から資源を買います。相場より高めに買います。他国との揉め事も金で解決します。たくさん働くと技術が上がります。高く買ってくれて、揉めたら金をくれて、技術で世界中の暮らしを豊かにしてくれる、他国では真似できないくらい働く国を侵略する気にはなかなかならないでしょう。侵略しなくても放っておけば勝手に働いて金と技術で貢献してくれるわけですし。どうせ死ぬなら自国を守るために戦争して死ぬより、たくさん働いて戦争を回避して死ぬほど遊んで死んだほうが本望です。
もし、外国人が日本に働きに来て、日本人の猛烈な働きぶりと命がけの遊びにかける姿勢に舌を巻き「あなたの名前は?」と聞いた時に、
「オレにまだ名など許されてはおらぬ!」
と一般会社員が言えるようなかつての修羅の国に戻るのが、平和と富かな生活を永続的に手に入れる一番手っ取り早い解決策のような気がしてます。
ペルシア帝国をボコボコにしたスパルタも時が経つとだらけて滅亡しちゃったみたいなので、このままだと将来の日本はスペインとかポルトガルみたいな感じになるのかな?と思っております。もっと貧しくなれば日本人が移民として海外に行く時代に戻ったり、娘を売ったりする国に戻るのかも。行った先の国で使えない人材として、過酷な労働と貧しい環境で苦労して早死するのかもしれない。アントニオ猪木が生きてたら、そんなの絶対に嫌だって言うだろうな。そうなる前に早く修羅の国に戻ったほうが良いと思うけど。
ちなみに私が北斗の拳で好きなキャラクターはアインです。名もなき修羅の前に出てきているので読んだ方はご存知だと思いますが、彼の生き様なんかはまさに高度経済成長期に特技一本で不器用に生き抜き散った感じで良いですよね。
こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。新卒初任給が大手企業で爆上がりしているらしいです。ただ、専門家は冷ややかな目で見ている面もあり、採用後の昇給や賞与・福利厚生で結果的に企業側が辻褄あわせてくるんじゃないかとも言われています。そう考えるとやっぱり2000年くらいまでの我々の父親世代が恩恵をうけた年功序列昇給&終身雇用が最強なのではと思う次第ですが、これは朝鮮特需、ベトナム特需、太平洋戦争で特定世代の男手が減ったためしばらく労働力が不足していたというすべて戦争の恩恵であった点を考えると複雑な気持ちになります。
さて、そんな私はというと就職氷河期世代と言われる世代でして、さらにペーペー社会人だった時期とリーマンショックが重なる会社側からしたらとんでもないスーパーお荷物世代でした。たまたま職業が獣医師で、卒後5年位も学生時代の勉強の延長で、仕事=実習多めの勉強でなんと給料ももらえるラッキー!と思って働いていたので当時は特になんとも思わないどころか、もっと実習させてくれよ!と考えていた人間なので、劣悪な労働条件(そもそも労働と思っていない)も特に気にしていませんでした(夜勤も楽しかった)。
私が学生時代だった2000年代、テレビで「将来の日本は9割の年収200万円と1割の年収2000万円の層に分かれる!」と専門家が声高に主張していました。将来の収入の話をしているわけですから、この主張は当然将来の労働者である学生の私を対象とした主張であったのは間違いありません。勉強の成績がいくら上位1割に入っていても、それが金を稼ぐ能力に直結するとは思えないし、そもそも医師ではなく獣医師なんてどう考えても趣味の延長線上で生きていこうと思っている自分の将来は年収200万円側に違いないと確信していました。
、、、、20年以上たった今、最低賃金が全国最下位の県で週40時間勤務賞与無しの条件で働いても、額面の年収が約200万円です、東京都なら250万円位です。それどころか大手新卒初任給が30万を超えたりしているわけです。さらに田舎から都市への人口移動傾向は変わらずあり、都市部では最低賃金で募集してもなかなか人手が見つからない傾向にもあります。結果、テレビの専門家に騙された!と思うわけです。
ただ、テレビで言ってた事が正しいなぁと思うこともあるわけで。今の若者はタイパ重視だと言われていますが、タイパの前は1万時間の法則というのが定説でした。タイパってせいぜい2時間の映画を倍速で見て1時間で済ますとか、寿司屋の修行が無駄とかいう話だと思うのですが、何にしても一通りの事ができるようになるにはある程度の時間がかかるわけですよね。30分で1流寿司職人にはなれないんですよ。そこで、平均1万時間位はかかりますよ!という話だったと思うのですが、これはあくまで「平均」で1万時間の人もいれば3万時間かかる人もいるわけです。寿司職人になるための階段が10段あるとしたら、10段登るのに1万時間なら1段あたり1000時間かかる計算になります。タイパ重視って本来は1000時間やった時に振り返って「あそこでちょっとダラダラしたから改善しよう」と考えて次の1段を950時間で終わらせるって事だと思います。2時間の映画を倍速で見て1時間で終えるのは、ただ単にダラダラ1時間映画みてるのと同じだと思います。1万時間の法則に該当することわざは色々あるのにタイパ重視に該当することわざは見当たらないので、ことわざってやっぱり先人の経験の結晶だなぁとつくづく思うわけですが、1万時間の法則は流行らなかったけどテレビが真実を拡散してた稀有な例であったわけです。
大学6年になったとき同級生達と「なんか遊んでばっかりの6年間過ごしたけど、この6年で勉強したことって4年あれば十分だったよな」という会話をした記憶があります。獣医学部はタイパ悪かったんですね(遊び面はタイパ最高でした。帯広は何食べても美味いし、最寄りのスキー場まで車で20分でしたから)。ちなみに私は上記のように過酷な環境で働いていた事もあり、獣医師としての経験は卒後3年未満で1万時間に達していた事が試算により判明いたしました、、、。こういうのが正しく最高のタイパだと思いました。