こんにちは、さつき台動物病院の院長 多田です。ニュースで時々、脱税が見つかって修正申告しましたとか、追徴課税されました等を目にすると思うのですが、みなさんはそんなニュースをおかずに白飯が食べられるでしょうか?動物病院を経営する上でも年に1回以上、必ず様々な税金を納税する必要が出てきます。結構複雑ですし、減価償却という国に都合が良いだけの悪魔のシステムのおかげで、今後数年間の利益を予測して、設備の入れ替えや新規設備の導入を決める必要が出てきます。利益は自分のやる気から生まれるものでもあるので、やる気と元気も予測する必要があるのがさらに難しいのですが、この判断を誤るとちょっと余計に納税しなきゃならない事になるばかりか、病院が赤字になってしまう可能性もあります。しかも、これを税理士さんが色々と予測していろんな専門的知識を交えて説明してこちらに判断を促すわけですが、みなさんも私に病気の説明をされて理解に苦しむのと同じでこちらもよく分からない事がたくさんあります。でも、税理士さんに判断を丸投げするのもアレなので、「これこれこういう理由で、私はこのように今後を予測して、このような方針を取って行こうと思うので、現時点ではこのように判断しました」と回答するために勉強すること10年、、、、、、その結果インフルエンサーの脱税事件のニュースをおかずに白飯を食べる(インフルエンサーの懐事情を探る)ことができるようになりました。
まず脱税するには税金のもととなる利益を隠すか減らす必要があります。利益を隠す方法としては、①受け取った報酬を申告しない、利益を減らすには②事業に使ったお金の水増しの2パターンがあります。次に、脱税するための動機です。皆さんがもし仕事が順調で、他の人よりも多い給料をもらえているとしましょう。順調な仕事には周りから信用されている事が必要です。脱税という犯罪行為で信用を失えば、全てが無に帰するリスクを負っても、給料をさらに多くする事にチャレンジするでしょうか?通常はしないですよね。脱税する人は、バレて信頼を失っても痛くも痒くもない人か、常にお金に困っている人です。前者は脱税界の失うもののない無敵の人です。わたしが興味をそそられるのは、後者それもお金持ち風インフルエンサーや芸能人の方になります。脱税額が大きければ大きいほど、興味をそそられます。
芸能人やインフルエンサーで脱税がバレると、信用を失って仕事が無くなり、転落人生を歩む事になるので、非常にリスクのある事になります。したがって、ニュースになる脱税は「お金に困ってやむなく脱税に手を染める」ケースが多いそうです。ここからは予測なのですが、脱税しようと思ったら普段からそれなりの収益なり費用の支払いが事業によって生じている必要があります。さすがに国もお金が入ってきていないところから税金を取ろうとしませんから。脱税する人は、それなりに現金は持っているはずで、それも信用によってその事業がある程度回っているはずです。その状態にも関わらず信用を失うリスクを負ってまでなぜ脱税をするのか、おそらく単純に「お金がない」からなのだと思います。そしてお金がなくなる理由それは「事業と関係ない事にお金を使ってしまっている」からに尽きるのです。
ここで、板東英二の「植毛は経費になると思っていた」発言が思い起こされます。彼が脱税会見で発した有名な一言ですが、テレビに出る仕事において身なりは重要なので、身なりに関する植毛は②の事業に使ったお金になると思ったという内容です。結局、何かで散財してしまって脱税に手を染める事になったのだと思いますが、髪の毛よりも信用の方が重要な事はスーパーひとしくんを賭けるに値するほど明確です。お金持ち系インフルエンサーも高級車や高級ブランドをSNSで発信していますが、あの散財が全て事業に必要なお金と税務署に認定されるわけではないようなので、一部または大半は自分の給与(所得税を支払ったうちの残り)で費用を賄う必要があるようです。それらにかけるお金はどう考えても散財ですので、当然自分のお財布は寂しくなりますが、それでもセレブ生活をすることが事業の柱であるため、散財をやめることは事業の死を意味します。どこからか借金して高級車ブランド物を買ってSNSでアピールし続ける必要が出てくるかもしれません。借金を返済するためにはお金が必要です、でもお金持ちアピール生活による散財で、お財布にすらお金はありません→脱税、の流れになっているのでは?と予測しました。
脱税額が大きくなればなるほど、協力者が多くなればなるほど、足がついてバレる可能性が高いので、できる限り少ない額、少ない協力者で行う事を考えると、ニュースで報道される脱税額は、必要なお金ギリギリに近い金額であるということが予測できます。板東英二は5000万円の所得隠しをしていたのですが、植毛で5000万円なんて使えないので、あの発言はウケ狙いで発言して、真相を話したくなかっただけでしょう。世界ふしぎ発見のレギュラーがあっても、散財してしまうと5000万円が足りなくなって、最終的にテレビのレギュラーも失ってしまうなんて怖いですね。でもプロ野球に入ったときに王長嶋を見て自分が通用しないことを痛感して、遠征先ではカラオケ機器を売りまくっていたと話していたので、怪しい投資や事業でお金を溶かしてしまい、慢性的にお金が無かったのかもしれません。
ちなみに逆パターンで、会社が好調であるように装い、取引を継続したり株価を維持したりするために、利益を水増し=税金も多く払う人達もいます。粉飾決算ですね。会社の価値=信用を保つために実は業績が悪くてお金が無いのにあえて税金を多く払うなんて何考えてんだと思いますが、それだけ事業に信用が大事ということの証明だと思います。まぁ、こっちのパターンも嘘がバレたら信用を失うんですが、、、、、。
以上が、開業10年で税金について学んだら、脱税ニュースで楽しめるようになった話でした。
開業して10年経って学んだこと2
「勉強したことによって、楽しみが増えるなんて、子供の頃は思いもしなかった。」
こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。みなさん、広告ってしょっちゅう目にしますよね。SNSでのテレビでも、電車に乗ってても、広告広告広告、、、、そこら中広告だらけです。私は動物病院を開業して広告を出す方に回って知ったのですが、広告ってすごいんですよ。きちんとした方法で広告を出すと、必ず広告費を上回る収入が得られるのです。そして、これは私は試していないのですが、「どこどこに動物病院があります」みたいな広告でも効果があるのに、「こんなすばらしい動物病院がどこどこにあります!」みたいな広告にするともっと効果があるんですよ。さらに有名人が「私はどこどこの動物病院に通っていて、ここの病院はこんな点がすばらしいです!」ってやってもらうともっと効果があるし、その有名人が商店街をブラつく番組で偶然を装って「え!ココにこんなすばらしい動物病院があるんですか!みなさんぜひ行きましょう!」とやるととんでもない効果が得られるのです。
広告というのは、
①自分の知っている人がおすすめする
②不特定多数の人と同時に広告される(ピンポイント性が無い)
と信頼性が高まるように思えます。
広告の出し方については①②が大事な要素ですが、内容についてはどうでしょうか?
これに関しては、「とにかく良く見せる」につきると思います。昔よく言われた誇大広告ですね。ただ、誇大広告には負の面があります。
具体的に負の面を私の仕事で話すと、真面目に良い医療を提供するよりも、とにかく広告とイメージ戦略が大切という事になります。医師だって獣医師だって自分の専門外の事についてはわかりませんので、自分が受けた医療を正しく評価することは患者さんは絶対にできません。適当に治療していても「当院では負担の少ない医療を提供しています」と広告する、不必要な治療をしていても「設備の整った環境で最新治療をしています」と広告すれば嘘をついているとは言えないし、イメージアップすることはできます。こういったイメージアップを目的とした広告は「言葉のアヤ」であり誇大広告では無いという意見もあるかもしれませんが、意図的にこの言葉を選んで自分の行っている医療との整合性を取っている時点でイメージアップ目的の誇大広告だと私は考えています。
そこで私の考えを広告で表現するなら
「必要条件を満たす治療は当然行います。それ以上は飼い主さんと相談して治療をします。ただし、必要条件をギリギリ満たす治療が一番負担も無駄もありません。動物用CT、高性能エコー、集中治療室、内視鏡も導入して、母校の大学病院と同等の設備も整っています(MRIはない)。診療のクオリティを保つために全症例を院長が診察しています。」
になるのですが、自分ならこの長く難解な広告を読んで「ぜひこの病院に行こう。」とはならないと思います。
では、やっぱり広告では多少盛ってイメージアップを狙うべきなのか?というと、お客さんに嘘をつくか、実体を伴わないイメージだけがアップした自分をよそおうかのどちらかになりますが、私はそれでは自我を保てなくなるのでこのパターンもやめました。
結局、広告とは商売をするうえで生死を賭けた最も大事な活動ですが、自分の思想を強く正直に出す広告は意味がないばかりかマイナスイメージになるし、無理なイメージアップは自我の危機につながりかねないので、広告とは一切さよならをしました。
これが10年動物病院をやって気がついたことその1でした。
政治家でも自分の思想を強くネットリ語って人気が無くて総理大臣を辞めた人がいたし(そもそもなんで総理大臣になれたのか不思議)、人前に出まくって特に中身が無い事を大きな声で話しているだけで超人気の政治家もいるので、難しいものだなぁと思います。一方で後者の政治家が総理大臣になったら日本は終わりだという人達もいるので、意外と全方位でのイメージアップって無理なんだなとも思いますが。そして思想をネットリ語り続けた元総理大臣は、イメージアップに走ることは無かったので自我を保ち今は晴れ晴れとした気持ちなのではないかと思います。
さいごに、きぬた先生は広告じゃなくて自分の顔出し広告をどこまで増やせるかに挑戦する挑戦者で、挑戦のために仕方なくインプラント歯医者をやって稼いでいる登山家みたいな人だと認識しています。
こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。キラキラインスタグラマー(以下キキララとする)が脱税で告発されました。そればかりか、告発された途端に生命線であるキラキラ生活の投稿をすべて消し去ってしまったそうです。なんだか「経営破綻した銀行が破綻した瞬間にすべての資産、現金を燃やして消した」的な出来事で驚いています。銀行が経営破綻すると、他の銀行でも取り付け騒ぎが起きて連鎖破綻するなんて事が戦前は良くあったみたいで、これが現金全部燃やしちゃうみたいな事だったらさぞ大事になるのは当然です。今後はスーパーお金持ちアピールキキララの連鎖破綻が流行るのでしょうか?
さて、動物病院の経営&運営を始めて来年4月で10年が経過しようとしています。経営者になると当然ですが、雇われ獣医師だった頃とはちがって「病院を潰さないため」に色々と考えたり調べたりするわけです。雇われ獣医師の中にもしょうもない雇われもいれば、スーパー獣医師?もいるように、経営者の中にも私のようなしょうもない経営者もいれば、伝説の経営者がいます。伝説の経営者の中には本田宗一郎や松下幸之助のようなスーパー創業者もいれば、継いだ会社をでかくしたいわゆる中興の祖的な経営者もいますが、やはりゼロから大企業を作り上げた点と明確なビジョンがあり成功したという点ではスーパー創業者に華があるように思えます。私も創業者ではあるので、スーパー創業者列伝的なものを読んだりはするのですが、スーパー創業者列伝の中にはキキララのようなキラキラ要素(話を盛っている)がいくらか含まれていそうな雰囲気を感じるだけでなく、キキララそのものが混じっていることを今回発見してしまいました。企業名や人名を出すと営業妨害だとか色々言われたりするかもしれないので、状況が似ているT館とB社とし二重でボカシた創作として話をしたいと思います。
T館は、創業者であるタイヤマンが夫婦で始めた町のタイヤ屋が原点となっている。タイヤマンは極貧から身一つで全国に店舗を構えるT館グループの創始者となった。その生活ぶりは質素であり、従業員の誰よりも働く姿は数多くの尊敬を集めている。タイヤマンはT館を未来永劫存続させるために、後継者として自身の子であるタイヤ進次郎を選ばずに、外部の大企業に経営を委ねるB社へとT館を売却したのであった。
、、、と素晴らしいタイヤマン列伝を書籍、テレビ、Youtubeでタイヤマン自身が語っているのですが、背景を調べると大分キラキラ要素があるようでガッカリさせられました。
そもそも、タイヤメーカーとはどのような会社でしょうか?「自動車部品会社でしょ」と思われるかもしれませんが、農業企業だそうです。なぜかと言えばタイヤの原材料はゴムノキから採れるゴムです。膨大なタイヤ需要を満たすためには、大規模なゴムノキ栽培を行ってゴムを安定供給する必要があるので、タイヤ製造メーカーは農業企業でなくてはならず、結果として世界的大企業でないと成り立たないのだそうです。苦労人のタイヤマンが身一つで全国展開したT館は、B社のタイヤをメインで扱っています、なぜならもともとB社の支援を受けて大きくなった、言い方を変えるとかなり初期からB社の小売販売部門を担う実質的な子会社だったようなのです。タイヤマンはその部分をボカシながら自身の一代成功物語を語っていたのでした。ちなみにT館はフランチャイズシステムで全国に店舗を広げましたが、フランチャイズ料は無料だそうです。この点はタイヤマンの素晴らしい経営判断とタイヤマン自身は話しますが、それは当然でB社からのみタイヤを仕入れるので、親会社が儲かれば子会社はフランチャイズ料を徴収する必要なんてありません。親会社を儲けさせるのが子会社の使命ですから。
極貧から身一つで引退まで誰よりも働き、フランチャイズ料も取らずにT館を日本中に行き渡らせたとされてきたスーパー創業者タイヤマンでしたが、実質はB社のタイヤ販売部門の子会社の雇われ社長だった事を知って、スーパー創業者列伝にも結構キラキラ要素ってあるんだな、とガッカリさせられた出来事だったのでした。授業で習う歴史上の美談って結構後世の作り話だったってことも多いですし。SNS上のキキララ達を残クレアルファードとかってとかって馬鹿にするのもどうかなぁと思うわけです。だってスーパー創業者や歴史上の偉人とされたりする人達も同じような事をしているわけなので、結局人間というのはキキララになりたい派とそうでない派がいて、なりたい人は他人に迷惑かけない範囲でキキララになればいいし、なりたくない人はぼんやりと見ながらキキララの存在を認めてあげればいい、ただそれだけなんだなと思いました。ちなみに、タイヤ館は最初からゴリゴリのブリジストンの子会社です。今回の件で一瞬でもタイヤマンを尊敬しかけた自分を呪いました。やっぱり自分で調べて考えるって大切だなと、改めて感じた出来事でした。一見キラキラしていなそうなキキララは危険だ。
次回からは創業10年を迎えた私が、「この10年で学んだみんなのタメになる話」を数話に渡って書く予定ですが、夏休みの宿題を最終日までやらずに諦める私にそんな事が可能かどうかはわかりません。宿題をやらなくても大学受験と国家試験さえ頑張れば(それぞれ頑張る内容が違うけど)獣医師にはなれるようです。
こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。エビは海のフルーツだ。歳を重ねてフォレスト・ガンプでババが言っている意味がようやくわかるようになりました。焼肉で脂っこいカルビを食べるのが辛いです、食後に胃もたれします。エビは脂っこくなくて美味しいです。エビは海のフルーツだ。大きなエビに大枚をはたいても良い気分です。
1990年代ってCDがめちゃくちゃたくさん売れてましたよね?当時はみんな買っていましたよね?私は2000年以降早めにMP3+iPod生活に入ってしまったためCDを買わなくなったのですが、90年代って毎週金曜日くらいにCDショップに行くと、入ってすぐのところにその週発売の新作CDが何十枚と並んでいて、それが飛ぶように売れてましたよね。もう今はそんな光景は無くなっちゃたのですが。
運動会でうちの子供が上の子も下の子もどっちもミセスグリーンアップルの曲で踊りを踊らされてました。当然しばらくは車の中もミセスグリーンアップルです。聞いてみるとまぁ今の青春ソングなんですかね。聞いていて私はブルーハーツを聞きたくなる感じでした。夕暮れにtoo much pain聞きたくなる、そんな気分です。カラオケに行くと絶対最後にリンダリンダとtrain train入って時間が終わっても歌ってる人いて迷惑でうるさいなと思ってたけど、今になったら懐かしいです。未だに栄光に向かって走る列車に乗ってる感覚はありません。
まじめに音楽活動してるのってミセスしかいないのかい!と音楽業界につっこみたくなったのですが、ふと思いました。
「CDが売れない時代に、商業的に売れる曲を大量生産しても意味がないだけなのでは?」
「そのため、商業的に売れる曲を大量生産するより、自分たちの個性を活かして好きな音楽を作って、固定ファンを作ってライブに来てもらうことが、作る人も演奏する人もファンも喜ぶ三方良しを実現出来ているのでは?」
かつて米米CLUBが浪漫飛行を作ってJALのCMに出て売れた時に、仲間内では「石井は売れるために魂を売ってあの曲を作った」と批判があったそうです。イエモンも売れてからは売れ線の曲ばっかり書いていました。でも、CDが売れていた時代は、売れなければ生きていけないので好きなことができなかったのでは?
とも思います。
そう考えると、バクチクは今井のやりたいことをずっとやり、今井のやりたいことが変わってもファンは離れず、さらにファンの子供も親の洗脳でファンになり、ボーカルがお星さまになってもバンドは続き、メンバーの還暦記念ライブも行う、でもすごくメジャーなバンドにもならないけど結局伝説のバンドでまだ活動しているという、まさに時代を先取るニューパワーだったなと思いました。
現在のミュージシャンはバクチクみたいに趣味の延長みたいな感じで好きな事を好きなだけやって、自分の無理ないペースで曲を作って、それで毎回ライブに来てくれるファンが集まって生活していければ大成功、みたいな価値観でやっていて実はそれが一番大事だよねってみんな信じてる、そんな環境なのかなと思いました。 大事MANブラザーズはそれに気がついていたんだろうか。いいや、気づいていないよな「逃げ出さない事」が大事って言ってたからな。今は嫌になったら逃げてもいい時代だ。
なんとなくですが、2013年以降ペットの飼育数が少なくなっていく中で、生き残る病院ってどんな病院だろうと考えた時に、音楽業界と同じなんじゃないかと思いました。2000年に「2009年に小室哲哉がお金無くなって詐欺で捕まるよ」って言っても誰も信じなかっただろうから、何が起きても変じゃないそんな時代だけど、やっぱり動物病院業界も音楽業界と同じだと思う。やっているのも、来院するのもどちらも人間だから。業界が変わっても、人間がやること求める事はそんなに変わらないはずだ。
ちなみに、運動会で踊る曲で何の曲が流れたらすごい盛り上がるか考えたのですが、
私はリヴィン・オン・ア・プレイアーかイッツ・マイ・ライフだと思うのですが、
ジョン・ボン・ジョビのwikipediaに書かれている
「ガラガラ声や甘いハスキーボイス等のボーカルスタイルが特徴で、綺麗な声や譜面通り歌えることはロック・ボーカリストに必要ないことを証明したと言われている。」
を読んでボン・ジョヴィは泣いていると思う。
こんにちは。さつき台動物病院の院長 多田です。半年〜1年ほど前にテレビ神奈川で放送された「提供 ハリウッドザコシショウ」というテレビ番組をご存知でしょうか?R-1グランプリ優勝者のハリウッドザコシショウが、テレビ神奈川の放送枠1時間を自費で買い、制作費も自分で払って放送した異例の番組です。CMも全てザコシが作ったくだらないもので、「自分で金払ってるから、スポンサーの意向を気にせず現代のコンプライアンスの範疇で好きな事なんでもやる」という画期的な番組でした。ザコシ本人としては、この番組を地方局に売って放送してもらうつもりだったようですが、うまくはいっていないようです。ちなみに興味を持った方がいたとしても観る必要はありません。私は3回見ましたが、人生の1時間✕3という貴重な時間を無駄にします。この番組を見るのであれば、ザコシのYoutube「売れる率0%手詰まり芸人編」を観て欲しいと思います。大人として社会で生きていくにはどうあるべきか、というのが実例を踏まえてよくわかりますので。
ザコシに影響されたのか、お笑い界の神である萩本欽一もスポンサー無しギャラ無しのテレビ番組をはじめるようです。欽ちゃんほどの芸能人がスポンサーもギャラも無しで番組をやるという事の真意を考えると、SNSが発達した現代でネガティブな評価はポジティブな評価に比較して遥かに早く深いスピードで連鎖して広まり、広まる事によってさもその評価が正当であるかのような地位を得てしまい、結果としてスポンサーである企業もその評価に沿った方向性を取らざるを得なくなるといった問題があるように思えます。24時間テレビで欽ちゃんのツッコミが「老害」とSNSで評価されたようですが、「老害」を「老」と「害」に分けた時に、欽ちゃんは「老」であることは確実なので、高齢者は50%の「老害」要素を全ての人が持つことになります。「害」かどうかは視聴者の評価に別れるところで、評価の仕方によっては欽ちゃんのツッコミを笑いに昇華できなかった共演者の「若害」と考えることもできるわけです。もしかすると欽ちゃんの芸風を理解できずに「老害」と評価した人の「若害」が原因かもしれません。
そもそも、仮装大賞で盛り上がるパターンは3パターンしかなくて、
①とてもくだらないもの
②驚嘆に値する素晴らしい発想のもの
③小さな子どもが一生懸命に頑張るもの
②と③に関しては、欽ちゃんは最大の称賛や優しいコメントで評価してきました。
①に関しては視聴者も「こんなレベルでテレビに出てくるな」と言いたいレベルなのですが、そこは欽ちゃんが視聴者を代弁して厳しくツッコんでくれます。結果的にSNSが無い時代でも視聴者はスッキリします。
むしろ仮装するのは一般人なので、
一般人(演者)が発信→欽ちゃんが一般人(視聴者)を代弁してリプライ
という欽ちゃんを通じてSNS的なやりとりが行われていたことになります。
そして、欽ちゃんという検閲によってあまりに過激な発信は防止されていました。
それが、SNSが発達して検閲といったものが全く無くなると逆に欽ちゃんを攻撃するツールとなり、それに対して欽ちゃんはYoutubeのような自由に発信できるSNSでは無く、あえてスポンサー無しギャラ無しでテレビで反撃するというところが、非常に見どころのある戦いだなと感じました。そう考えると評価というのはSNSよりもまだテレビでの評価の方が正しいのかもしれない、でも「評価は次の時代(以降)がするもの」ですからね。
今のSNSはボクシングからルールを無くしたようなちょっと危険なもので、テレビもその人気を無視出来ずに放送してしまっているような状況だと思います。欽ちゃんは、その無法地帯にマイク・タイソンがグローブはめてボクシングルールを守りながら一人で全員を倒しにいくような感じの事をしようとしているので、これが「世直し」なのか「老害」なのか何の影響も与えないのかの行く末には非常に興味があります。
